トランプ氏復権、悩むウクライナ 支援打ち切りなら「壊滅的シナリオ」 2024年11月16日 5時00分
- 羅夢 諸星
- 2024年11月16日
- 読了時間: 8分
トランプ次期米大統領の「勝利確実」の報がウクライナで流れたのは、6日午前9時前だった。
ティモシー・ズラトキンさん(42)は首都キーウに戻る車内でそれを知った。ボランティアとして、激戦地・東部ドネツク州のクラマトルスクまで、支援物資を運んだ帰りだった。「米国で何が起きても、戦況が不利でも、私たちはベストを尽くすしかない」
先週も、先々週も、親しい友人の葬儀に出た。婚約者も前線にいる。「なぜこんなことが続くのか」と自問する。「結局、生きるためには戦うしかない」と言った。
トランプ氏はくり返し、「早期の終戦」に意欲を見せてきた。ただ、その形がウクライナにとって望ましいものになるかは、はっきりしない。
米欧の軍事支援を受け続けても、前線での苦境は変わっていない。ウクライナ軍は8月にロシア南西部クルスク州で越境作戦を始め、国内では一時士気が高まった。だが、ウクライナ東部の前線ではかつてないスピードでロシア軍が攻撃を進めている。ロシアメディアは14日、北東部ハルキウ州の要衝に、ロシア軍が進軍したと伝えた。
そこでさらに、米国の支援が打ち切られるようなことがあれば――。ドネツク州で連絡や兵站(へいたん)を担うドミトロ・ブラスラウスキーさん(27)は、「そんな壊滅的なシナリオは考えたくない」と言った。「ウクライナ政府が米国を説得してくれると信じるしかない」
平和とは、「ロシアがウクライナを侵略する能力も、意思も、ゼロになること」。ただ、その道筋が描けないまま、さらに不透明感が増す「トランプ時代」に突入することになる。(キーウ=藤原学思)
▼2面=妥協迫る?
米国のトランプ前大統領の返り咲きが決まり、対ウクライナ政策の行方が大きな焦点になっている。ウクライナは前線で厳しい戦いを強いられており、「予測不能」とも言われるトランプ氏の出方次第では、さらに不利な立場に追い込まれることになる。(キーウ=藤原学思、ワシントン=下司佳代子)▼1面参照
ここから続き
32回、計67時間――。11月に入ってからの13日間に、キーウで発令された空襲警報だ。
ロシア軍は自爆型ドローン「シャヘド」を大量に飛ばし、ウクライナ市民の日常生活を脅かし続けている。一方、高性能のミサイルを温存している可能性があり、市民には恐怖が広がる。
2022年2月に全面侵攻が始まって、まもなく1千日。市内中心部の壁には、戦死した兵士たちの写真が並ぶ。全面侵攻が始まってからの2年間だけで、「3万1千人」(ゼレンスキー大統領)のウクライナ兵が亡くなった。実際にはもっと多いとされる。写真を新たに掲げる場所は、もうない。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、675万人が難民になっている。また、国連人口基金(UNFPA)によると、死亡率は上がり、人口は計800万人減ったという。それでも、ロシアの容赦ない侵攻は続く。
そんななか、トランプ氏が米大統領選に勝利した。新兵に基礎訓練を提供している退役軍人、ヘンナディー・シンツォウさん(49)は「バイデン(現米大統領)の路線から何かしら変わるのだろう」と言った。キーウ市内の訓練所は外からはわからないようになっており、2階の部屋の窓際には土嚢(どのう)が何重にも積んである。
「最高のシナリオは、米兵がウクライナで戦い、ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)に加盟することだ」
「最悪のシナリオは、トランプがプーチン(ロシア大統領)に『好きなようにして』と言い、ウクライナへの支援を一切停止し、ウクライナがロシアの一部になることだ」
ただ、いずれも「現実的ではない」とみる。「悲観的になっても、楽観的になっても仕方がない」
■力で現状変更、誘発の火種 今の戦線基準、非武装地帯案
トランプ氏はウクライナへの支援を批判し、戦争を「就任前に終わらせる」と主張してきた。本人や周辺の言動からは、ウクライナに領土面で妥協を迫る可能性がうかがえる。侵略を事実上、追認し、将来のさらなる侵攻を誘発する懸念もある。
「選挙に勝てば、次期大統領としてまずゼレンスキーとプーチン大統領に電話する。そして言う。『取引をまとめろ。これ(戦争)は狂気の沙汰だ』」
トランプ氏は9月の選挙集会でそう主張した。大統領選で勝利した後、早速実行に移したようだ。米メディアによると7日、プーチン氏と電話で会談した。戦争の早期解決に向け、協議継続にも意欲を示したという。
バイデン大統領は、プーチン氏と対話すること自体を避けてきた。ウクライナの頭越しにロシアと交渉しないことを原則としてきたからだ。
ウクライナは、米国が集団防衛義務を負うNATOに加盟していない。だが、バイデン政権は法の支配に基づく国際秩序や民主主義を守る戦いと位置づけ、自衛を支えてきた。戦争の終わらせ方や時期はウクライナに委ねる立場だ。
こうした外交姿勢を、トランプ氏は劇的に変える可能性がある。バンス次期副大統領は、現在の戦線を基準に非武装地帯を設けた上で、ウクライナのNATO加盟は認めず中立状態を維持させる案を示している。
トランプ氏が国務長官と大統領補佐官(国家安全保障担当)にそれぞれ指名したマルコ・ルビオ上院議員とマイケル・ウォルツ下院議員は、直近のウクライナ支援法案に反対票を投じた。第1次トランプ政権で駐独大使を務めたリチャード・グレネル氏も、今後のウクライナ政策に影響力を持つとみられている。7月、ロシアや親ロシア派が支配するウクライナ東部を「自治地域」と認めることを示唆した。
ロシアの行動を既成事実化すれば、支援を続けてきた西側陣営は動揺し、米国の威信は損なわれる。「力で現状を変えてしまえば、米国も追認せざるを得ない」とみてとった国々の危険な行動を誘発する恐れもある。
■「強さによる平和」、ウクライナ側期待
ウクライナにとって、米大統領選は今後の自国の行方を大きく左右する一大事だった。
ゼレンスキー氏は7月に共和党候補になったトランプ氏と電話で話し、9月には5項目の「勝利計画」を伝達するために直接面会した。
ウクライナ政府関係者によると、「勝利計画」は、トランプ氏の大統領就任を意識してつくられたものだ。「終戦後、欧州に駐留する米軍の一部をウクライナ軍と交代する」としているほか、ウランやチタン、リチウムなどのウクライナの資源への投資を訴え、米側の「メリット」をうたう。
ウクライナがトランプ氏に期待するのは「強さによる平和」の実行だ。ロシアの核兵器使用につながりかねない「レッドライン」を過度に気にせずに、米国の軍事力、経済力の一部をウクライナに振り向けてもらえれば、「公正な」終戦に近づくと考えている。
トランプ氏は1期目の2017年、オバマ政権時代の方針を転換し、ウクライナに対戦車ミサイル「ジャベリン」を送る決断をした「実績」がある。そのため、ウクライナ側にはトランプ氏に対して不安だけでなく、期待を抱く側面もある。
ウクライナの元外相、パウロ・クリムキン氏は「リスクをチャンスに変える必要がある」と訴える。「トランプ次期政権は、強硬かつ大胆な決断を下すことができるようになる。米国内、世界に対して弱い姿を見せることはできないはずだ」
一方、ロシアは和平協議の開始条件として、一方的に併合を宣言したウクライナ4州からの同国軍の撤退や、NATO加盟方針の撤回を掲げる。プーチン大統領は戦争終結をめぐるトランプ氏の発言を「注目に値する」と述べたが、ペスコフ大統領報道官は8日、「大統領は(侵攻の)目的が変わるとは言っていない」とし、譲歩する考えはないことを明確にした。
、11面=最側近は「楽観」
ゼレンスキー・ウクライナ大統領の最側近の一人、ポドリャク大統領府長官顧問が12日、キーウで朝日新聞の取材に応じた。米国のトランプ次期大統領は「早期の終戦」に意欲を見せるが、それがウクライナにとって望ましい形になるのか、不安の声も出る。ただ、ポドリャク氏は新政権のウクライナ政策について「楽観している」と語った。▼1面参照
米ウクライナ関係を強化するために必要なことについては、「信頼関係に基づく定期的な、誠実かつ実直なコミュニケーション」を挙げ、すでにトランプ氏側近とウクライナ大統領府でやりとりを重ねていることを示唆した。
ポドリャク氏はトランプ氏について「常に優勢でありたい、リーダーでありたい、自らのイニシアチブをとりたいという政治家」と分析。「トランプ氏はロシアのゲームには乗らない」と語り、トランプ政権になっても米国がウクライナへの支援を打ち切るというシナリオはあり得ない、との考えを示した。
一方で、ウクライナとしては現実的に、米国の支援が滞る可能性も視野に入れ、欧州との関係強化も同時に進めていく必要に迫られる。ポドリャク氏は「ロシアが敗北しない限り、様々な形式で侵略が続き、欧州も圧力下に置かれる」と主張。「官僚主義や(長い)議論を減らし、より迅速な意思決定を期待したい」と話した。
ウクライナは和平に向けた道筋を探る「平和サミット」の6月に続く開催を模索しているが、現時点で実施が見通せない。ポドリャク氏は「構想としては残っている。問題はロシアに対する圧力として、新たな措置を(参加国から)得られるかだ」と述べた。
日本では11日に第2次石破内閣が誕生した。ポドリャク氏は「日本は、ロシアがどのような国かを理解し、ウクライナを全面的に支援してくれている」と謝意を示し、「特定産業への投資の大幅な増加など、多様なレベルでの最大限の支援を期待している」と語った。(キーウ=藤原学思)
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