(憲法を考える)国家秘密と報道の自由、拮抗 沖縄密約巡る公電漏洩事件、最高裁の論理は 2024年11月26日 5時00分
- 羅夢 諸星
- 2024年11月26日
- 読了時間: 7分
更新日:3月17日






■憲法を考える 視点・論点・注目点
日本を取り巻く国際情勢の厳しさなどを理由に政府が情報管理を強める中、秘密保護と報道のバランスはどうあるべきか。この問題でメディアと政府が衝突した、1972年の沖縄返還に向けた日米交渉大詰めでの公電漏洩(ろうえい)事件。稀有(けう)な裁判は今も示唆に富む。密約を暴こうとした毎日新聞記者・西山太吉氏が被告となったが、新たに見つかった法廷証言録にはライバル記者たちの使命感がにじんでいた。最高裁は有罪としたが、国家の秘密を明かそうとする報道と取材の自由に理解も示している。その論理を再考する。
■「憲法秩序」への抵触疑う取材には理解
外務省は今年、朝日新聞記者の請求に対し、公電漏洩事件に関する文書を開示。その中に、西山氏が被告となった裁判の一審で、沖縄返還交渉報道でのライバル記者たちが弁護側証人として語った内容の速記録の写しがあった。
沖縄返還では「核つき」で米軍基地に核兵器が残るのか、それとも当時の佐藤栄作首相が掲げたように「核抜き」で撤去するのか――。読売新聞の渡辺恒雄氏が、その交渉の取材を振り返る。
「(日本)外務省側はかなり意図的に、米政府は非常に強硬に核つきを要求していると(情報を)流し続けていた。しかし(米)国務省筋などはそうでもない面もあった。米側は強硬な態度だと(外務省が)日本側に喧伝(けんでん)することで、楽にした面もあった」
「楽にした」というのは、日本政府が妥協しても国民に批判されにくくなったということだろう。
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<証言、にじむ使命感> 返還後の沖縄での核兵器の扱いは、69年の日米両首脳による共同声明で、米国は日本の立場を深く理解しつつ、米国の立場を害せずに沖縄を返還するという玉虫色で表現され、国会承認が必要な返還協定には記されなかった。
その裏で両首脳は、米国は沖縄から核兵器を撤去するが、緊急時に持ち込むことを日本は認めるという文書を交わしていた。日米安全保障条約に基づく両政府の事前協議制度を形骸化させるこの密約は四半世紀後、佐藤首相の密使を務めた学者の回顧録で判明する。
法廷での記者たちの証言に共通するのは、佐藤内閣が沖縄返還を急ぐあまり、とんでもない譲歩をしていないかを探って書かねばという使命感だ。朝日新聞の富森叡児氏はこう証言している。
「外交交渉はギブ・アンド・テイクだが、(日本)政府の説明は(米国に)与える方が不十分だ。返還協定交渉で沖縄の人たちにも日米関係にも禍根を残すのではという感じを持ち、特にその点を報道しようという姿勢だった」
日米両政府は71年6月に署名した沖縄返還協定で、返された米軍用地の原状回復費を米政府が払うと明記。西山氏はその頃、日本政府が肩代わりするという交渉の公電を入手し、密約の「疑惑」として記事にした。協定はそのまま12月に国会で承認された。
沖縄返還前月の72年4月、西山氏は外務省の女性事務官に公電を漏らすようそそのかしたとして逮捕、起訴される。報道と取材の自由を重んじ西山氏を無罪とした一審判決が二審で覆り、78年に最高裁で有罪が確定。根拠の一つとして「憲法秩序」という言葉が用いられた。
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<違法秘密と認めず> どういう論理か。
最高裁は、西山氏が暴こうとした密約は「政府が憲法秩序に抵触するとまでいえるような行動をしたものではない。違法秘密といわれるべきものではなく、外交交渉の秘密として保護に値する」と指摘。この「違法秘密」の論理は二審判決をふまえていた。
二審判決によれば、政府が指定する秘密には、「政府が憲法上授権されていない行動を秘匿する違法秘密」がありえ、「違法秘密」ではないかと疑い取材、報道することに免責の余地はあるとの基準が示された。
そして、西山氏の場合は、日米の主張が対立する中で西山氏が疑った何らかの裏合意が「あったとしても、違法秘密とは到底認められない」とした。しかし、日本政府が肩代わり密約などないと主張する中で、法廷での「違法秘密」の認定には限界があった。この密約が実際にあったことは、前述の核持ち込み密約同様に四半世紀経って、米公文書で明らかになる。
沖縄返還交渉報道で西山氏らが迫った対象について、いま「憲法秩序」の観点から何が言えるのか。駒村圭吾慶応大学教授(憲法学)は肩代わり密約について、「日米両政府の意思として確定していた場合、それと明白に矛盾する規定を配した条約の承認を国会に求める事は、まさに憲法秩序に抵触する」と話す。
核持ち込み密約を生んだ、日米安保条約の運用を骨抜きにしようとする佐藤内閣の動きにも、記者たちは「違法秘密」はないかと目を光らせていたといえる。その証言には、事実を伝えることで「憲法秩序」を守ろうとした姿勢がにじむ。
■「守秘と暴露、互いの牽制大切」
今年、捜査への批判などを発信してきたネットメディアを鹿児島県警が捜索するなど、情報漏洩を理由にした報道への公権力の介入は今もある。ジャーナリズムにも詳しい駒村氏は、「政府は秘密を守り、記者は暴露する。ともに憲法上の正当性がある。民主主義での統治を機能させるには互いの牽制(けんせい)が大切だ」と述べ、そのバランスも公電漏洩事件で最高裁は示していると話す。
最高裁は、「報道は、国政に関与する国民に重要な判断の資料を提供し、知る権利に奉仕する。報道の自由は憲法21条が保障する表現の自由のうちで特に重要だ。報道が正しい内容をもつには、取材の自由も21条の精神に照らし十分尊重に値する」とした。
これは、憲法上の報道と取材の自由の意義を指摘した、69年の博多駅テレビフィルム事件での最高裁の判断をふまえたものだ。その上で、国家公務員に秘密を漏らすようそそのかしたとして新聞記者が起訴された異例の事件での判断として、対象が「違法秘密」かどうかに関わりなく、こう述べる。
「国政に関する取材行為は、国家秘密の探知という点で公務員の守秘義務と対立拮抗(きっこう)し、時に誘導的性質を伴う。報道機関が公務員に秘密の漏示を根気強く要請することは、真に報道の目的であり、手法が法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認される限りは違法性を欠き、正当な業務行為というべきだ」
ただ最高裁は、西山氏の場合、外務省の女性事務官との関係を利用して公電を入手した取材手法が「人格の尊厳を著しく蹂躙(じゅうりん)し、是認できない」とした。駒村氏は「逆に言えば、政府が秘密保護を強める今日でも、手法がまっとうな取材は憲法で保護される」と話す。
自民党政権は、安保環境が悪化する中で政府の保秘を欧米並みにするとして特定秘密保護法を2013年に、経済安保の重要情報を政府が認めた人にだけ扱わせる法律を今年成立させた。「記者は臆せず憲法を信じて取材してほしい。だが気をつけるべき点がある」と駒村氏は言う。
それは、最高裁が「真に報道の目的である限り」とするように、あくまで報道のための取材ということだ。西山氏の場合、入手した公電を野党議員に届け、国会で佐藤内閣追及の質問に使われたことも議論を呼んだ。
駒村氏は「報道機関の真価は、秘密を取材するだけでなく、報道する使命をいかに果たすかで決まる。記者は秘密を知れば西山氏のように悩むだろう。ジャーナリズム全体で支えてほしい」と話す。
■知る権利に応える責任の重さ 取材後記
西山氏は1974年の一審無罪判決後、「ニュース源を秘匿できず元外務省事務官に大変なご迷惑をかけた」と42歳で毎日新聞を退社。昨年に91歳で亡くなった。朝日新聞の富森氏は常務となり、6年前に89歳で死去。読売新聞の渡辺氏は主筆で98歳になる。同社に取材を申し込むと、高齢のため断っているとのことだった。
西山氏は公電入手当時、外務省担当キャップ。政治記者として40年後輩の私もかつて同じ肩書だった。死去の半年前にインタビューで聞いた、沖縄返還交渉の報道合戦に臨む使命感と切迫感を、富森、渡辺両氏の法廷証言録を読んで思い出した。
国民の知る権利に応えるという、取材と報道の自由に伴う責任の重さについて、改めて考えさせられた。(編集委員・藤田直央)
■予告
12月と1月は休み、次回は2月25日に掲載する予定です。

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