(社説)戦争と災害 年の瀬に考える被害と伝承社説2024年12月30日 5時00分
- 羅夢 諸星
- 2024年12月30日
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愛知県半田市の雁宿公園は三河湾を望む高台にある。旧陸海軍が1890年に行った大演習で明治天皇が訪れたことを記念して造られた。そこに、戦災や震災の犠牲者を悼む碑がいくつも立っている。
今月7日の午後1時36分、集まった50人余が黙祷(もくとう)した。80年前のこの時刻、南海トラフを震源とする昭和東南海地震が起きた。
■隠された地震
愛知、三重など7府県で約1200人が犠牲になった。疎開先で犠牲になった児童もいる。半田市の死者188人のうち150人余が軍用機を作っていた中島飛行機の半田製作所で犠牲になり、90人余が学徒だった。女子挺身(ていしん)隊員や徴用工も働いていた。
戦時下、軍需産業の集積地を襲った地震は情報統制され、今は「隠された地震」として知られる。新聞も本当の被害を伝えず、翌日の朝日新聞は3面で「被害を生じたところもある」と記した。隠しても地震波は地球の裏側まで伝わり、観測される。ニューヨーク・タイムズは8日に1面と3面に日本中部で壊滅的な地震が起きたと報じた。
被害状況は帝国議会の秘密会議事速記録に残っている。関東大震災よりも規模は大きく、「重要軍需工場ノ被害ガ非常ニ多イノデゴザイマス、是(これ)ハ現時局下洵(まこと)ニ遺憾」とある。犠牲者、建物や道路の損壊も詳しく調査されていた。
統制で地震を語ることは禁じられたが、人々は憲兵のいないところで被害を語り合い情報は広まった。
天災や戦災は続く。余震が相次ぎ、13日に名古屋市の軍需工場への空襲が始まる。1月3日は同市街地も目標にされ、全国で空襲が激化。そして13日未明、愛知県東部で直下型の三河地震が起き、約2300人が犠牲になった。
■天災を人間が拡大
記録が残りにくかった地震だが、後年、体験者への聞き取り調査などがされてきた。紡績工場から飛行機工場に転用された半田製作所の山方工場は、スペース確保のために屋根を支える柱を何本も抜き取り耐震性が落ち、保秘のため出入り口も限られ、被害が拡大したと伝えられてきた。
一方、半田市の作家、西まさるさんは、関係者らの聞き取りや当時の写真などから工場は部品工場で大きなスペースは必要なく、撤去は紡績の機械を支える柱で建物の強度に影響はなかったと著書にまとめている。
いま、両説が語られるが、そもそも、工場は干拓地の軟弱地盤に建てられ、揺れに弱いレンガ造りだった。
資材不足の戦時中、建物の耐震の規定が停止された。地震史に詳しい名古屋大学の武村雅之特任教授は「戦争中だから仕方がないとも言われるが、現在も経済優先を理由にして、地盤の悪い場所が開発され、地震時に問題が大きいタワーマンションの建設が続く。当時と何ら変わりはない」と警告する。
物理学者で随筆家の寺田寅彦は、「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」「災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのもの」と書いている。
■事実が揺らぐ時代
雁宿公園の犠牲者追悼式の冒頭、歴史を研究してきた日本福祉大学名誉教授の福岡猛志さんは「本当の真実を守り、伝えていきたい」と語った。今年の米大統領選や兵庫県知事選を引き合いに、事実よりも信じられる「もう一つの事実」が社会を翻弄(ほんろう)することを憂えた。「自分たちに心地よい、自分たちにとっての事実が伝わりやすく、感情に合う記憶になっていく危険がある」と指摘する。
事実の検証とともに、根拠ある史実を認めない言動にも注意が必要だ。関東大震災での朝鮮人虐殺について、公文書にも残るのに、政府や小池百合子東京都知事はあいまいな態度をとる。「諸説ある」と言って都合の悪い事実をはぐらかすのは、しばしば使われる手口だ。
今年は、人工知能(AI)関連の研究がノーベル賞を席巻した。AIの著しい発達は、生活を便利にし、仕事の効率化にも役立つが、誤情報をつくり出してデマを拡散する負の側面にも拍車をかける。災害時のように偽情報が出回り、拡散されやすい状況での悪影響は深刻さを増す。
災いは時を選ばない。今年は元日に能登半島地震が起き、夏の休暇期に日向灘の地震で南海トラフ地震臨時情報が出された。80年前は大みそかや元日にも東京の本郷区や向島区などで空襲があった。
いま、日本は空襲にはおびえずに年越しを迎えるが、世界には戦火にさらされる人々がいる現実がある。
寺田は「戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない」として防災の充実を訴えた。
年が明ければ戦後80年、阪神・淡路大震災30年になる。惨禍に学んだ平和の追求、震災を教訓にした備え、その努力を尽くしているだろうか。

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